
きっかけは?
詳細は過去記事のリンクに有りますが
母の戦争体験について
取材依頼はCONTACTからの
メールから始まりました。
旅行でも料理でも
検索して出てくるほとんどは
企業や有名なサイトばかり
個人のちっちゃな記事を
探し当てる、流石新聞記者。
大正・昭和・平成・令和
世の中はどんどん変化しているけれど
一番の線引きは戦前と戦後。
戦後は徴兵されることも
出征することも、
爆弾が降ってくる事も無い。
これは日本の話で
未だに戦地に赴いたり
爆撃を受けている国も有るので
それを考えると
日本に生まれただけで幸せ。
何かの映画のセリフに有った、
「白人に生まれただけで
宝くじに当たったようなもの」
ここのところ、
きな臭いにおいのする世界情勢だけど
日本に生まれただけでも
出生地ガチャは当たりだと思う。
同じ昭和でも戦前と戦後では
大きな違いがある。
言論の自由により
表現や思想の自由が保障され
軍国主義から平和主義になった。
昔の方がよかった。
発展した今の方がいい。
それはそれぞれの考えや
事と次第にもよるけれど
平和な世の中に生まれただけでも
有難いことだと言うのは
戦争体験者の話を聞いて強く思う。
戦争自体は映画やドキュメンタリーで
見聞きはしますが
一般の人たちの日常は
それを語れる人が少ないので
より興味深いです。
本人の承諾を取りましたので
最近は著名人も一般人も
お子さんの画像は顔を隠しての
掲載が多い。
母は誘拐されることも
ストーキングされる事も無いだろうけれど
一応本人の承諾を得たので
記事を掲載します。
リンクを貼ることもでき
動画も見られますが
身バレするのでこのような形にしました。
読みにくくてごめんなさい。
新聞の取材を受けることが
誇らしいとかではありませんが
いい記念になったと思います。

記事内で「お揃いの服を着てこよう」と
約束して・・・と有るのは
当時はモンペと作務衣のような
上衣を着ていましたが
みんなで絣のそれを着て
お揃いで来ようという事です。
紙面の都合上記事には有りませんが
休みの日にみんなで海の方に
遊びに出かけたそうです。
戦争中だけどそんな楽しみも
有ったようです。
バスが無くなってしまって
青森の監視隊に泊めてもらったそうです。
母の実家は商売をしていた関係で
電話が有ったので
電話した?怒られなかった?と聞くと。
電話していないし怒られなかったって。
いや~、それは心配したでしょうって
思います。
うちは外泊とか門限に
めちゃくちゃ厳しかったので
なんだか自由じゃん!
取材があったブログ記事へのコメントでは
元になった母の話の記事を
印象深く覚えていてくれた方も多く
私自身も嬉しかったです。
だからブログはやめられない。